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岩田榮吉の人物と経歴

 人物点描(26)
  「リリー・マルレーン」


岩田はとくに楽器を演奏することはありませんでしたが、1曲だけ、姪に教わってピアノで弾くことのできる曲がありました。「リリー・マルレーン」です。マレーネ・ディートリッヒのファンであった岩田が、彼女の持ち歌であるこの曲を弾いて不思議はないとも言えますが、このメロディは1940年代以降のヨーロッパでは広く知られたものでした。

もともとドイツで作られたこの曲(ハンス・ライプ作詞/ノルベルト・シュルツェ作曲/ララ・アンデルセン歌)は、ラジオ放送を通じてドイツ以外でも聞かれるようになり、とりわけ第2次大戦さなかの兵士たちに支持されました。ドイツ語のわからない敵国兵士にもすぐ覚えられ、原詞とは異なる様々な詞がつけられて広まったのです。国家や軍による士気高揚のための「軍歌」としてではなく、実際に命懸けで戦う兵士がその心情のままに覚え口ずさみたくなるメロディだったということでしょう。

1942年、ドイツ軍による占領下のパリでは、コラボラシオン(ナチ協力者)にもレジスタンス(ナチ抵抗運動参画者)にも日和見の人々にも様々な詞でこの曲が使われ、さらに第2次大戦後、イスラエル戦争(第1次中東戦争)、朝鮮戦争、ディエンビエンフー(第1次インドシナ戦争)、さらにはベトナム戦争やその反戦デモに際しても歌われたと言われます。岩田にとってもこのメロディは、単に「知っている」だけではない、切実な人生体験あるいは岩田自身の戦いと結びついたものだったのかもしれません。


リリー・マルレーン楽譜

この曲はもちろん平時にも、多くの国で多くの歌手によってカバーされています。日本でも1967年に木の実ナナが「悲しい道」のタイトルでカバーしていますが、詞に「リリー・マルレーン」の名はまったく見当たりません。


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